私の本業は、兼業大家さんを一人でも多く育て上げること

 

先の読めない世の中です。

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いったいこの先、何が待っているのか、
誰も自信を持って答えてくれる方はいらっしゃいません。

一昔前は、息苦しくも単純明快でした。

勉強して、公務員か大企業に入社して、
一軒家を購入して、年金をもらって余生を過ごす。

私の親父、藤山冨蔵は、
専門学校から日亜製鋼という名称の鉄鋼会社に
20歳で入社しました。

同社は合併を繰り返し、
親父は新日鉄の系列会社である
日新製鋼(株)の部長職で退職しました。

その後、
静岡県富士宮市にあるトシダ工業に再就職し、
70歳で退社。

高度成長期に社会がサラリーマンに求めた人生を忠実に過ごし、
仕事を辞めて3年後の2002年11月、
大腸癌で亡くなりました。享年73歳(合掌)です。

一方、3男である私は、
愛媛大学で5年を過ごし大倉商事株式会社に入社。

12年半後の1998年8月21日(金)、
東証一部上場の同社は突如、
東京地方裁判所に自己破産申告を申請しました。

114年の歴史を誇る大倉商事(株)は、
即日上場廃止となり、
1ヶ月後の9月21日(月)には強制解雇となりました。

今から17年前、
当時の私は35歳であり3歳の長女と生まれたばかりの長男、
そして産後の肥立ちの思わしくない妻を抱えていました。

いつ何があるのか、まったくわかりません。

公務員であっても安穏としていられません。
財務省は地方公務員にもメスを入れ始めています。

地方行政の破綻は他人事ではありません。
夕張市役所の容赦ない人員整理は記憶に残っていることでしょう。

家族を抱えていることなど、
考慮されない雇用環境が当たり前となりつつあるのです。

さらに、
日本の雇用環境を根底から激変させるのは、
雇用のグローバル化です。
新興国の天才児は、日本語の壁をものともせず、
専門技術に加え英語に母国語そして日本語を武器にして
日本に職を求め始めています。

それだけではありません。
ネットの進化は国境を越え、
外国にいながら日本国内の仕事を奪い取っています。
自宅で英語を学べる
サービスの講師・コールセンター受付・データー管理技術者などなど、
枚挙にいとまがありません。
私たちは、当たり前に働き当たり前に暮らしたい……。

ただそれだけです。

会社が倒産した後、親父から
「勇司、再就職はいつするんだ?
大家だか、なんだか知らないが家族を養うのは、
そんな甘っちょろいものじゃないぞ」

といわれ続けました。

(世代が違う。
再就職先が潰れない保証などない。
俺は俺で考えている)

そんな気持ちを心の奥底に秘めながら、
「ああ、そうだね。真剣に考えているよ」
と、口にしていたのです。
今に見ていろ……。
そんな気持ちから大家業を拡大し、
「サラリーマンでも大家さんになれる46の秘訣」
を上梓したのは、親父が死んだ翌年の2003年6月でした。
サラリーマンであり続けた親父に一目見せたかった。

満点とは言えないけれど、
親父の生き方とは別の回答もあったのだと知ってもらいたかった。

その余熱こそ、私が「兼業大家さん」に拘り続ける原点です。

当たり前に働いて、豊かに暮らす。

世情の動乱に右往左往することなく、

頑固な仕事人として
正論を堂々と上司や経営者に口にできる財務基盤を築き上げる。
私の本業は、兼業大家さんを一人でも多く育て上げること。

迷っているサラリーマンの背中を押し、
悩んでいる初心者大家さんの質問を解決することです。

あわてず あせらず あきらめず

3つの「あ」を胸に、一歩一歩、共に歩んで行きましょう。

 

藤山勇司

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大家さんの良いところは、

 

7月の17日から8月30日までハワイ島で過ごしていました。

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30日に日本につくと雨。

そして、傘を挿す光景に日本に帰ってきたんだと、実感しました。

 

さて、9月です。
中国バブルの崩壊に巻き込まれ、

日本の株式も10%強の下落に……。
どこで下げ止まり、回復するのでしょうか。

 

大家さんの良いところは、

経済の荒波を少し離れたところから眺められる点です。

不景気になれば、物件を仕入れて安くリフォームができますし、
景気がよくなれば、家賃もあげられる。

 

どの場面であっても、上手に動けば収益アップに繋げることができるのです。

 

経済の上下動に左右されない強固な財務基盤を作り上げ、
本業で頑張る「兼業大家さん」に幸あれ!!

 

藤山勇司

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歩みをとめないことに価値がある

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八月になりました。

子供の頃の夏休みは、
いつ終わるかわからないほどながく、
うだるほどの暑さでめまいがしそうでした。

私が生まれ育ったのは、広島県の呉市。

瀬戸内海が南に横たわる夕刻、
風はピタリとやみ、

潮風が運ぶ高い湿気のなか、
汗が止まらぬ魔の時間です。

 

日々の日課として、
犬の散歩をしていたのですが、

彼も散歩の途中で根をあげて、
座り込む始末。

(どうすんだよ。抱えて帰れないぞ)

「こら、捨てちまうぞ! 歩け」

彼は恨めしそうな顔で私の顔を見上げ、
しぶしぶ歩き始めました。

 

 

昨夜の夢の一場面……。
私の潜在意識は何を伝えたいのでしょうか?

 

よくよく考えてみると、
愛犬は今の私かもしれません。

現状に満足し、
歩みを止めようとしている私に
叱咤激励のむちをくれたのかもしれません。

めまいがしそうなほど、
暑苦しく蒸し暑い日常が続きますが、
舌を出し、首と尾を振りながらでも、
歩き続けようと思います。

 

きっと、
その先には過ごしやすい秋、
実りの季節がやってくる。

 

例えそれが幻だっとしても、それでいい。

歩みをとめないことに価値があるのだと感じています。

 

藤山勇司

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