ゴミの日のカラス、どうしています?

 

皆さんは、ハトやスズメ、
それにカラスにお困りではないだろうか?

からす

私が住んでいる江東区 南砂 の生ゴミ収集日は

火曜日と金曜日の週に2回。

 

ただ、
プラスチックなどの収集日にも生ゴミを出す人々もいるので、
毎朝カラスやハトにスズメが乱痴気騒ぎを起こしている。

 

 

彼らも、組織化しているようで……。

○見張り役のカラスが電柱の上にいて、

○ゴミ袋を破るカラスのかかりがいて、

○生ゴミを散らかすカラスがいて、

○カラスがたらふく食い終わると、ハトが来て、

○横からスズメがついばみ、
哀れ、歩道はゴミで埋めつくされるわけである。

 

 

とは言え、少し前までは、
それほど目くじらを立てる程のひん度で起こっていたわけではない。

顔をしかめるのは2週間に1度くらいだった。

 

ただ、どこからともなく、
害鳥は数をまし、警戒感をみじんも感じることなく、

生ゴミの収集日だけでなく
食べる物等ないゴミ袋まであさり、
包装袋をまき散らすようになった。

 

ごみ収集場所は自宅の目と鼻の先にあり、
気になることこのうえない。

 

特に、腹周りの収縮目的で
早朝ウォーキングを心がけるようになると、
否が応でも眼にはいる。

 

結果として、ちり取りと、ほうきを持ち出し、
道路清掃に汗をかくはめにおちいってしまった。
いいこと、社会貢献、1日1善!

 

自分をなぐさめても、なんだか腹が立つ。

「なんで俺が」じゃない。

 

電柱の上からのぞき見るようにこちらを見下ろす、
濡れたように黒いカラスが無性にしゃくにさわる。
もう我慢ならん!

根本治療をしてやる!

 

エアガンだと、
動物愛護法では対象外であるものの、
鳥獣保護法で野生カラスは保護の対象。

 

もしも、傷つけたり、
命を奪うことになると、処罰の対象になる。

 

ゴミネットで覆う方法も検討したが、
毎朝ネットをかける労働が加わるだけだし、
そもそも、ネットさえカラスに食い破られる。

 

「まてまて、根本から考えてみよう」

 

いつものように、
A3の白い紙を取り出し、問題点を整理してみた。

まず、何が嫌なのか?

これは、はっきりしている。

答え →

「道路にまき散らかされた生ゴミを始終、清掃すること」

 

では、どうなればいい?

答え →

「生ゴミがまき散らかされなければいい」

 

 

結論も明快である。

 

では、どうして生ゴミはまき散らかされるのか?

答え →

1. ゴミ袋が弱く、カラスに食い破られる
2. カラスがゴミをまき散らかす
3. そのあとに、ハトやスズメがさらにまき散らかす。

ここで、
ごみをまき散らかすのはカラスであることが、はっきりした。

 

ハトやスズメは、
ゴミを食い破るほどの力はなく、
カラスの後追いであることは明白な事実である。

 

では、カラスはなぜ、こりもせずやってくるのか?
答え →

1. 安全だと思っている
2. 喰えるものが用意されている

 

 

カラスどもの安全をおびやかす、
エアガンは鳥獣保護法の観点から問題があり、
直接危害を与えることは得策ではない。

 

ならば、2. の「喰えるもの」を「喰えないもの」に変えればいい。
ずっと考え続けたからだろうか、

 

ふいにひらめいた!!

 

すぐに近くのスーパーで、輪切り唐辛子を買い、
鍋でゆで、塩を大量投入し、片栗粉でとろみをつけ、
冷ました後に、空になったマイペット容器に入れ、
翌朝からゴミ袋と、周辺にかけ続けた。

 

 

今日で10日経った。

 

 

当初、
それでも生ゴミを引きづりだしたりした痕跡もあったものの、
道路に放置された生ゴミに、撃退用の液を噴霧した。

 

今では、何もいない。

 

電柱の上にも、周辺の空にもカラスは一羽も見かけなくなった。

 

カラスはかしこいので、
「安全でなくなった」「苦労しても、喰えるものがない」
と、認識したのではないだろうか?

 

縄張りを持つカラスだからこそ、
あつものに懲りてなますを吹く状態なのだろう。

平穏な日常を取り戻したものの、
いま少し、続けてみようと思う。

彼らも、ほとぼりが冷めた頃に、今一度か二度舞い戻るはず。

そこで、再確認したなら、
自宅周辺は絶対にダメだと考えるに違いない。

 

変化があれば、またお知らせしたい。

 

☆☆カラス撃退用液体レシピ☆☆

輪切り唐辛子 5g
水      1ℓ
塩      大さじ6杯
片栗粉    5g

 

○弱火で2時間唐辛子を煮る。
その後、塩を投入し、片栗粉でトロミをつける。

理由:
カラスの臭覚は人間の3分の1程度であるものの、
刺激物や辛い物が苦手。

塩水は液体が腐ることを防ぎ、
トロミがあるので、ゴミ袋に付着しやすい。

以上で、500mlのペットボトル2本分の撃退用液が完成する。

 

 

費用は一本当たり100円ほど

(殆ど輪切り唐辛子)でしかなく、

短時間で作成可能である。

 

 

現状に甘んじるのではなく、
状況を分析し、対策を立案し、実行し、さらに修正を加える。
この行動原理は、
兼業大家さんのアクションと同様。
もしも、
皆さんがカラスのゴミ散らかしにお困りのようであれば、
お試しになってはいかがだろうか。

 

藤 山 勇 司

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「特選物件」を購入しようとしていませんか?

 

人は暗示に弱い生き物です。

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その原因は、
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劇場型サギであるオレオレサギや振り込めサギ被害が、
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藤山勇司

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私の本業は、兼業大家さんを一人でも多く育て上げること

 

先の読めない世の中です。

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いったいこの先、何が待っているのか、
誰も自信を持って答えてくれる方はいらっしゃいません。

一昔前は、息苦しくも単純明快でした。

勉強して、公務員か大企業に入社して、
一軒家を購入して、年金をもらって余生を過ごす。

私の親父、藤山冨蔵は、
専門学校から日亜製鋼という名称の鉄鋼会社に
20歳で入社しました。

同社は合併を繰り返し、
親父は新日鉄の系列会社である
日新製鋼(株)の部長職で退職しました。

その後、
静岡県富士宮市にあるトシダ工業に再就職し、
70歳で退社。

高度成長期に社会がサラリーマンに求めた人生を忠実に過ごし、
仕事を辞めて3年後の2002年11月、
大腸癌で亡くなりました。享年73歳(合掌)です。

一方、3男である私は、
愛媛大学で5年を過ごし大倉商事株式会社に入社。

12年半後の1998年8月21日(金)、
東証一部上場の同社は突如、
東京地方裁判所に自己破産申告を申請しました。

114年の歴史を誇る大倉商事(株)は、
即日上場廃止となり、
1ヶ月後の9月21日(月)には強制解雇となりました。

今から17年前、
当時の私は35歳であり3歳の長女と生まれたばかりの長男、
そして産後の肥立ちの思わしくない妻を抱えていました。

いつ何があるのか、まったくわかりません。

公務員であっても安穏としていられません。
財務省は地方公務員にもメスを入れ始めています。

地方行政の破綻は他人事ではありません。
夕張市役所の容赦ない人員整理は記憶に残っていることでしょう。

家族を抱えていることなど、
考慮されない雇用環境が当たり前となりつつあるのです。

さらに、
日本の雇用環境を根底から激変させるのは、
雇用のグローバル化です。
新興国の天才児は、日本語の壁をものともせず、
専門技術に加え英語に母国語そして日本語を武器にして
日本に職を求め始めています。

それだけではありません。
ネットの進化は国境を越え、
外国にいながら日本国内の仕事を奪い取っています。
自宅で英語を学べる
サービスの講師・コールセンター受付・データー管理技術者などなど、
枚挙にいとまがありません。
私たちは、当たり前に働き当たり前に暮らしたい……。

ただそれだけです。

会社が倒産した後、親父から
「勇司、再就職はいつするんだ?
大家だか、なんだか知らないが家族を養うのは、
そんな甘っちょろいものじゃないぞ」

といわれ続けました。

(世代が違う。
再就職先が潰れない保証などない。
俺は俺で考えている)

そんな気持ちを心の奥底に秘めながら、
「ああ、そうだね。真剣に考えているよ」
と、口にしていたのです。
今に見ていろ……。
そんな気持ちから大家業を拡大し、
「サラリーマンでも大家さんになれる46の秘訣」
を上梓したのは、親父が死んだ翌年の2003年6月でした。
サラリーマンであり続けた親父に一目見せたかった。

満点とは言えないけれど、
親父の生き方とは別の回答もあったのだと知ってもらいたかった。

その余熱こそ、私が「兼業大家さん」に拘り続ける原点です。

当たり前に働いて、豊かに暮らす。

世情の動乱に右往左往することなく、

頑固な仕事人として
正論を堂々と上司や経営者に口にできる財務基盤を築き上げる。
私の本業は、兼業大家さんを一人でも多く育て上げること。

迷っているサラリーマンの背中を押し、
悩んでいる初心者大家さんの質問を解決することです。

あわてず あせらず あきらめず

3つの「あ」を胸に、一歩一歩、共に歩んで行きましょう。

 

藤山勇司

カテゴリー: 全記事, 大家業, 生き方 |