「 静 寂 の 中 で 」

 

「 静 寂 の 中 で 」

 

大きく息を吸う。

胸をそらし、

首を上げ、

両手を広げ

目いっぱい、

夜の明けきらない

静寂の空気を吸い込む。

 

広島県呉市で生まれ、

戦時中は高射砲が据えられた

標高783mの灰ケ峰を

駆け回った私が、

何の因果か、

東京に居を移し、

勤め先が倒産しても

へばりつき、

今日も生きている。

 

私は、

皆寝静まっているこの時間を

とりわけ好んでいる。

 

ぼぉ~とした意識の中、

息を細く長く、

長く吐き続け、

目を閉じる。

 

遠くないある日、

息を吐き切ったまま、

二度と胸を膨らませることなく、

この世を卒業する瞬間は

必ずやってくる。

 

ただ、今じゃない。

身体のどこにも変調らしき兆しもない。

ならば、今日でもないだろう。

たった、

それだけのことで

無性に嬉しくなる。

 

今年58歳。

来年の1月には59歳。

なんと、

2年後には年金を受け取れる歳になるようだ。

 

まさか、

50歳を超えて生きているとは、

想像だにしなかった。

事実、

女房には結婚前、

 

「おそらく、オイラは38歳までは生きている。

 それまでには、暮らしていけるようにする」

 

と、何気なしに口にしていた。

 

彼女は、

 

「何、言ってんだか。

 そんなことより、早く食べよ。

 ジョッキ空いてるでしょ。次何飲むの?」

 

と、気にもしていなかった。

 

あれから、

26年の月日が過ぎた。

4年前の1月には、

腸ねん転から腸閉塞にかかり、

手術が2時間遅れていたなら、

腸管破裂により、

死ぬ寸前だったと、

担当医から聞かされた。

 

子供を3人授かり、

5人家族となった藤山家では、

 

「オイラが死んだなら。。。」

 

で、続く私の辛気臭い

お説教めいた話を

 

『まぁ~た始まった。パパの死ぬ死ぬ詐欺』

 

と、ギャグの一種のように扱われていた。

 

ところが、小腸を50cm切除した後には、

 

「オイラが死んだら、オメェ達を助けてやることは

 一切できない。だからパパが生きているうちに

 伝えることは伝えたいんだ」

 

という、くだりが

幸か不幸か説得力を持った。

 

昨日から続く今日を生き、

そして明日、明後日に続いていく。

 

当たり前とおもっていた日常が

ふとしたことで、変化し、

根本から変わることもある。

 

それでも、

世界は終わらないし、

お迎えは都合よく来てはくれない。

 

ある人は

 

(人生に意味なんてない。 一人で生きて、一人で死んでゆく。 ただそれだけのことだ)

 

と、悟りきったようなことを、のたまわっている。

 

息を吐き切り、

マールボロを口する。

起き抜けの一服も朝のルーティン。

脈絡なく、さまざまに想いをめぐらす。

 

呉市で生まれ、

瀬戸内海を超えて松山市に渡り、

そして、拠点を大きく移す

3度目に東京に来た。

 

多くの人と出会い、別れ、

怒り、笑い、泣いた。

 

その瞬間、

当時の出来事は、今も鮮明に脳裏に残っている。

 

確かに、

独りで生まれ、孤独に死んでしまうのかもしれない。

ただ、

触れ合った人々との関わりは無くなりはしない。

教えて頂いたこと、

高めあった日々、

後輩に引き継いだ様々な出来事。

一人で成し遂げたことなど

一つとしてない。

 

これまで生きた58歳の倍の時間を生きること等できない。

最大限残された時間はあとどのくらいだろう?

 

たまに、知りたくなることもあるが、

決して教えて欲しくない本音もある。

 

仮に、健康に活動できる年齢が10年としよう。

10年と言う時間は、

子供の年齢を10歳遡れば、

どれほど、短い時間かを思い知らされる。

 

仮に、20年、

いや、結婚生活の26年の余命があったとして、

58歳に26年を足すと84歳。

 

隅々まで記憶している。
無限の時間などないことが分かる。

 

ダラダラと文章を書き連ねているが、

この文字も先人が磨き上げ、工夫を重ね

作り上げた文化である。

  

私が貢献した部分など一つもない。

言ってみれば、

人の褌で相撲を取り続けてきたわけだ。 

 

ならば、

残された時間の中で、

可能な限り、多くの人々に引き継げるものは

引き継いで行こう。

 

まずは、家族の朝飯から

短くなったタバコを灰皿で押しつぶし、

台所に向かう。

 

久しぶりに海老のパスタクリーム仕立て。

コンソメの卵スープに

フルーツも添えて

  

顔は緩んでいる。

              藤 山 勇 司

 

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