本業と家族

 

大家さんを拡大したその先には
一体何が待っているのでしょう。
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「えっ!?そりゃハッピーリタイアでしょ。
毎日、仕事しないで好きなことをしてさ、
悠々自適を絵に描いたような生活ですよ」

 

本当にそうでしょうか?

と、懸念を申し上げるのも、
私自身14年前に実体験したからです。

 

 

当時は、
北海道と木更津で貸家を増やし

東京のマンションも数件入手して、
生活に困らない状況を手にしていました。

そして、
新たに購入したマンションを
一人でリフォームし「悦」に入っていたのです。

 

 

(もう、大丈夫だ。ちょっとだけ、休むか……)

 

 

勤務していた大倉商事は
4年前に自己破産し、

清算会社のお手伝いも終了し、
誰からも何も言われない状態。
その上、
経済状況も独立できていましたから、

少しの間、
身体を休めても
バチは当たらないと思っていました。

 

 

朝から、
テレビの前に陣取り、
NHKやワイドショーにかじりつき、
日が暮れると、焼酎を飲んでいました。

 

 

 

しばらくして、
たまらなくなったのは
幼稚園就学前の長男です。
ある日、
彼はヨダレを、たらたらと垂らしながら、

「ねぇ、パパはなんでいつも、おうちにいるの?よそのパパはさ、は、はたらいてるよ」

彼はいつも見ていられた、
おかあさんといっしょ や がんこちゃん
そして アニメが見れなくなって、
たまらなくなったのです。

その夜、女房からは、

「あのさ、
昼の間は、外に行ってもらえないかな?」

ただでさえデカい男が、
家にいるのは迷惑そのものなのでしょう。
おまけに、
その頃の自宅は2DKであり、家族は5人。

どう考えても、お邪魔虫は私でした。

 

 

翌日から、

「行ってくるよ」

と家を出たものの、
行く当てはありません。

 

 

カツカツと靴音を鳴らす、
スーツ姿のお父さん方に、

〜(一緒に連れてってぇ)〜

口に出したいほどの疎外感でした。

よくよく考えてみると、
社会と繋がっていない。
貸家に空きはなく、
不動産仲介会社に顔を出す理由もない。
喫茶店で時間を潰しても、
やってくる人はいない。





「来ないんだったら、行くか!」
考えを180度変えて、
昔の同僚を訪ね歩きました。
最初は、

「よく来たな、今なにやってる?」

と満面の笑みで迎えられ、
酒を飲み交わしていました。
幸いなことに、
友人は多く

一か月ほど時間はつぶれましたが、
そこで打ち止め。
2巡目になると、

「おお、どうした?」

と、なり。
3巡目になると、

「俺さ、仕事してんの。
忙しんだよ。わりぃな」

と、体よく追い返される始末です。

 

 

その後、
映画館に通い、

芝居を見に行ったのですが、
飽きは来ます。

毎日なんて、見てられません。

そして、
図書館に逃げ込み、本を読み漁ったのです。

 

ずっと、
情報を詰め込みすぎたのでしょう。

何か出したいと、思い悩んだ結果、
自ら文章を書くことに。
近未来小説を書き上げ、
出版社の友人に見せると散々な評価に
心が折れてしまったのですが、
とんでもないどんでん返しが待っていました。

「藤山さん、大家さんの本を書いてよ」

と、
それが、最初に上梓した

「サラリーマンでも大家さんになれる46の秘訣」

です。

 

あれから13年の月日が経過しました。
その経験から申し上げると、
やはり、「「 孤 独 」」は最悪です。

社会とつながり、社会貢献に努力、
認められる何かがあってこそ、
日常を過ごせるように思います。
私の場合は、
兼業大家さんへの啓もう活動です。

大家さんを目指す方々に
スキルを伝え、
背中をそっと押し、
質問に答えることに
存在意義を見出しています。

皆さんにとって、
社会との接点は
いったい何でしょうか?
本格的に
不動産業に進出したいのであれば、
それも一つの選択肢です。

ただし
本業を不動産業に据えると、
事務所を維持する費用に、
従業員の給与や福利厚生費など、
一定の固定費を稼ぎ続けなければなりません。

そうした業務に向いているのか、
向いていないのか。
本当のところは、
やってみないと分からないのが現実です。

 

そして、
毎日何もしない日常を選択したとしたら、

稼いでいながら、
家族からは、冷たい視線を受け、
社会からは無視されてしまう。

 

 

冗談ではなく、本当にそうなってしまうのです。
経済的独立を果たしながら、
会社の一員として、本業に従事し
昇進ではなく、真摯に仕事に向き合う
頑固な仕事人として日々を過ごす。

それが、
私の兼業大家さんの理想の姿です。

きっと、
その姿勢は子供たちにも通じることでしょう。

なぜなら、
働かなくても暮らせてゆけるのに
毎日、仕事に打ち込む親父の背中は
誇らしいからです。

 

 

もしも、
テレビの前に陣取り、
酒をかっくらってばかりいると、

私の長男のように、

「パパ、なんで家にばかりいるの?」

と聞かれ、

「大家さんで暮らせているからさ」

と答えようものなら

「そうか、
だったら僕は大人になっても
働かなくなくていいんだね」

と、ニート確定の息子を
誕生させてしまうかもしれません。

 

 

10台後半ならともかく、
20、30と年代を重ねて、
社会に出ないとなると、

もうコミュニケーション能力が
戻ることはありません。
社会のやっかいものを
残してしまうことになるのです。

 

そんな危険性を排除するためにも

親父は何か、
社会と繋がり続ける必要が
あるのではないでしょうか。

 

藤山勇司

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