「孤独とペット」
庭に金魚を飼っています。
「へぇ～、金魚。
ドーベルマンかセントバーナードかと思った」
確かに
子供の頃は、捨て犬を拾って飼っていました。
名前は……
クロ、ムク、ロック。
全て雑種の中型犬です。
クロを拾ってきたのは、３歳か４歳頃でしたか。
段ボール箱に入った子犬を、箱のまま引きずりながら
家に持ち帰りました。
クロは病気がちで３年ほどで亡くなり、
ほどなく、
茶と白の毛足が長いムクを持ち帰りました。
彼は、クロよりも長く一緒にいてくれましたが、
それでも小学校５年の秋に他界しました。
最後はガンにかかり、往診してくれた動物病院の先生が
注射を打ち、眠るように永眠しました。
辛かった。
涙が枯れるほど泣きました。
空っぽの犬小屋を見るたび、
中を覗き込み、
小屋の周りを掃き清め、
雑巾がけなんてしました。
けれど、陽炎のような姿が見えることもなく、
次第に臭いも薄れてゆきました。
一番長く
一緒にいてくれたのは、ロックです。
ロックは６匹まとめて捨てられていた子犬の中の１匹。
後に知ったのですが、
残りの５匹は保健所行き……。
知らなければ良かったことの１つです。
彼の最後は看取っていません。
私が呉を離れる１年ほど前、
隣の家に貰われ、
そこで永久の別れとなりました。
「じゃ、犬好きなんでしょ」
どうでしょうか？
犬と猫、
どちら派かと問われれば、
「猫」でしょうか。
猫の、
何を考えているのか分からない、
超然とした、振る舞いに惹かれます。
「飼えばいいじゃない」
まぁ、３人の子供を育てている最中は無理でした。
嫁が、あちらこちらに「毛」が散らばるのを嫌がるタイプでしたから。
小料理屋育ちの彼女には、当たり前の反応でした。
私も、
それを無視して、我が家に招き入れるほど、
猫好きではありませんでしたので、
ペットを飼うことなく
そのまま時は過ぎてゆきました。
まぁ、天から授かった３人の幼子との
暮らしに、てんてこ舞いだったのが最大の理由です。
しばらく時間が流れ、
玄関からベビーカーが姿を消した頃。
子供を連れて、
門前仲町にある富岡八幡宮で毎年開かれている
夏祭りの縁日を巡っている最中のことです。
お参りを終え、ぶらぶらと歩き、
オミクジを引き、
射的で騒ぎ、
駄菓子を幾つか買い、
祭りを存分に楽しみ、
そろそろ、どこかの店に入ろうかと
キョロキョロしていた時のこと。
幼い３人の子供たちの足が
金魚すくいの屋台の前で、
ピタリと止まりました。
『ねぇ、やりたい。やっていい？』
下から見上げるように、覗き込む
ウルウルした、６つの瞳。
（止めろ！誰が世話をするんだ。
おめぇらにできはしないだろ！
結局、パパがすることになるんだぞ。
勝手なことを言うんじゃない）
なんて、言えるはずはありません。
思いとウラハラの言葉が口を突いて出ます。
『難しいぞぉ～、じゃ、誰が一番取れるかな？』
当然のことながら、
金魚すくいのポイは
次々と破れ、アルミの器は空のまま。
（ほらみろ、そんな簡単じゃないんだ……）
いたずらっ子のようにクスクスと笑いがこみ上げます。
『ぜんぜん、とれない。ねぇ、なんで？パパできる？』
『パパか。よぉ～し見てろ』
挑発されたなら、後に引けません。
もともと、上手いんです。
ポイを水平に移動させ、
泳ぎ回る金魚を、持ち手と輪っかの方に引き寄せ、
銀色の器に滑るように流し込めば、ＯＫ！
金魚すくいのご主人も
（ダンナ、上手い！玄人だね。なぁ、パパ凄いよね）
と、乗せてくれます。
（ははは、ほらみろ。
よし、コイツも……。
よし！もう、いっちょう）
夢中になると、
我を忘れてしまうのは、
昔も今も変わりません。
すると、
嫁が肩をツンツンと叩きます。
『ねぇ、どうすんの？飼うの？結構いっぱいだよ』
気づくと、
アルミの器は金魚でギューギュー詰め！
子供たちが言い出したことですけれど、
話の流れで、私が前面に立ち
２０匹弱の金魚をゲットしてしまいました。
全部を家に持ち帰るのも
なんですから、サッカーチームの人数に相当する
１１匹をセレクトし、
３つの袋に入れて貰い、
子供たちに１つずつ、持たせました。
私と言えば、
ペットショップに入り、
中型の水槽と水中ポンプと餌を飼い、
自分で持つはめに……。
１時間前には、考えもしていませんでした。
あれから１６年。
金魚たちは、子孫を残しながら、
今も藤山家で暮らしています。
水槽も大型と中型の２つに分かれていまして
大型の水槽には１５匹、
中型の水槽にも１２匹、
都合２７匹の金魚が、悠々と泳いでいます。
彼らのお世話、
餌やり、水槽の清掃、器具のメンテナンス
全て、私がしています。
「面倒じゃないの？」
全然、
楽しいくらいです。
水槽が汚れると、
金魚は、水面近くでパクパクと呼吸をします。
それが、
水槽清掃の合図です。
水槽の掃除とともに、水質濾過装置を分解し、
細部の汚れも洗い流し、ピカピカに磨き上げます。
きれいになった
水槽の中で泳ぐ、金魚達は
まるで、空中を飛んでいるよう。
至福のひと時です。
「へぇ～、変わってんね。
雑用やって、
喜ぶって、マゾなの？」
う～ん、
マゾではなく、
孤独が死ぬほど嫌いなんだと思います。
金魚が喜んでる。
それが、独りじゃない、
少なくとも、
この金魚だけは、
きっと、
感謝しているに違いない。
と、そう思えるから、
至福感が沸き上がるのではないでしょうか。
事実、
私が貸し出す、貸家に
「ペット禁止」
の条件は付けていません。
犬、猫、金魚、インコやハムスターに爬虫類
どれを飼っても、構わない。
無論、
ペットの名前と写真は添付してもらいますし、
犬・猫の場合、
ツガイは禁止ですけれど。
「ツガイって、オスとメスのコンビだよね。
どうして、ツガイはダメなの？」
犬にしても猫にしても
出産の頭数は５匹前後です。
ツガイを許可すると、
出産したことを理由に退去させることはできません。
そのまま認めるしかなくなる。
異常に出産して、１０１匹ワンチャン状態になると
目も当てられなくなるからです。
「ふ～ん、
でもさ、ペットを許可する理由は
何なの？」
ペットを飼う。
飼うことだけであれば、
誰であれ、
一時の気の迷いで可能です。
一方、飼い続けるには、
餌やり、散歩、清掃、病気の介護などなど
「お世話」
をしなければなりません。
これって、
自己中心的な人には無理なアクションです。
逆に、
ペットを飼い続けることのできる人って、
自己中心的でなく、
自分以外の他者を思いやることの可能な方々。
ならば、
その方が、店子さんとして相応しい。
そう思っています。
また、
退去した時でも
一人暮らしとペットと一緒に入居している方の
どちらが、
再リフォーム費用がかかるかと申しますと、
以外なことに
一人暮らしの住居です。
綺麗に居住する方もいる一方、
一人暮らしの方の中には、
めちゃくちゃ汚しまくる人もいるのです。
テレビで「汚部屋（おべや）」やゴミ屋敷
の人々の部屋を見ると、
ペットは存在しません。
他者を気遣う人であれば、
ゴミが散乱した状態なんて耐えられない。
彼らは、
一人で暮らしていても、
誰かが来宅することを予想して暮らしていますから、
自宅は綺麗に保っているわけです。
一方、
他者を気遣う人の弱点は、
孤独に弱い。
誰も来ない。
誰からも頼りにされないと辛いと感じる。
結果、
ペットに頼ることになる。
構図としては、
以上のような結果です。
私も孤独が死ぬほど嫌いな性格ですから、
今は金魚のお世話が楽しみの一つなのです。
以上、 ピカピカになった２槽の水槽を見つめながら
藤 山 勇 司
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