「ありがとう」

 

「ありがとう」

 

土曜日の神田。

平日のお昼時であれば、サラリーマンの皆さんで混雑する定食屋も人影はまばら。

私は、ほぼ毎週、ある定食屋で「生姜焼き定食」を頼んでいます。

 

コロナの頃は、街ですれ違う人は数えるほど。

ましてや、暖簾をだしているお店であっても、閑古鳥が鳴いていました。

その頃から通っていますから、今では常連客の一人です。

 

新聞や週刊誌を読みながら、“孤独のグルメ“を終え、

カンボジア出身の店員に声をかけます。

「おいしかった。いつも、ありがとう。また、来ます」

「いつも ありがと また きてね」

「ああ、ほんと、うまいよ。じゃまた」

 

不思議な縁(えにし)です。

カンボジアから来た青年が調理してくれた「生姜焼き定食」を

61歳、広島県呉市生まれの男が食べて、言葉を交わしています。

2人とも東京都千代田区神田に何の縁(えにし)もありません。

なのに、

2人の間で交わされる

「ありがとう」

の合言葉が、国や年齢や経歴を飛び越え距離を縮め、

互いに温かい気持ちになります。

 

人は一人では生きていけません。

例え、部屋に引きこもっている人であっても、

・家を作った人

・電気を送電してくれる会社

・食事を運んでくれる人や生産者の皆さん

がいなければ、命を繋ぐことなどできません。

 

幸運にも3人の子宝に恵まれ、

3人とも、成人を超えました。

順風満帆ではありませんでした。

 

3人の子供の一人は、中学2年生の時、唐突に

「学校行きたくない。行かなくていい?」

と、顔を背けながら聞いてきました。

「ああ、いいよ。何日でも行かなくていい。

 ずっと、家にいていい」

私は、何でもないことのように、口にしました。

 

日中はベッドで寝ていて、

他の2人の子供が寝静まってから、起き出し、

執筆中の私に話しかけてきました。

落ち込んで、自信をなくして、消えてなくなりたい。

自分なんて生まれない方が良かったんだ。

泣きながら、話していました。

私は、

「パパは、○○ちゃんに感謝しているよ」

「うそ、そんなことない」

「本当だ。○○ちゃんが生まれてきたから、パパはパパになれたんだ。

 〇〇ちゃんも聞いたことあると思うけど、

 パパの子供のころは、そりゃ酷いものだった。

 家の中は不信感だらけでな。大半の原因はパパなんだけどな。ははは」

「うん、知ってる」

「〇〇ちゃんのお陰で、パパは生き直しができた。

 子供と一緒に生きて行くことが、どんなに素晴らしいものか分かった。

 〇〇ちゃんが、生まれてきてくれたから、

 パパはパパになれたんだ。ありがとな」

 
それから、数日して、夜明け前に起き出した○○ちゃんは

「パパ、あしたから学校行ってもいいかな?」

「ああ、いいよ」

「わかった」

何度か、早引けしてくることもありましたが、

一度、とことん落ち込み、絶望の底を確認したからでしょうか、

水底を力強く蹴り、水面に浮上したように思えます。

 

20歳を超えた〇〇ちゃんから

「ねぇ、なんでパパは学校に行けって言わなかったの?」

と、聞かれたことがあります。

「聞く必要は無いと、思ったからだな。

 実際、聞かれたくなかったろ?」

「そう、そうだったね。たぶん」

「まぁ、そういうもんだ」

 

私は、こうあるべきだ、

   こうしないといけない、 

   それが当たり前だ

と、子供の頃から強制されることに違和感があります。

「○〇ちゃんが学校に行きたくない」

と、意を決っして言ったのなら、

余程のことだと感じました。

その気持ちを一番に考えなければ、逃げ場所がなくなります。

 

不登校原因の解明と対処よりも、

落ち込み、傷つき、血を流し続けている

「○○ちゃんの心」の手当が必要です。

その特効薬こそ、

「ありがとう」

“”自分の存在そのものが、「ありがとう」の対象になっている“”

自覚してくれさえすれば、誰の心も強靭さを取り戻し、

自然治癒しゆきます。

誰かに「大切に思われている」

人は一人では生きて行けませんから、

一人ではないと確信することこそ、生きる力に直結するのだと感じます。

 

「ありがとう」

は、心の万能薬、ペニシリンや抗生物質のようなものです。

あらゆる場所で、

・相手の心の鍵を開き

・互いに親密になり

・心の傷を癒します

 

春の息吹を感じながら

  藤 山 勇 司

 

 

 

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